8月は神社日の集金をする月です。
以前は農協への振込となっていたそうですが、農協から振込みをやめたいと申し出され、集金することになったそうです。
氏子総代としては、以前のように振込か区費等を集める時に同時に集金するかにしてほしい意見がかなり出ました。
区費は前期と後期に分けて集められ、神社費がその間に集めることになったそうです。
中には、神社費の集金さえなければ氏子総代を続けてもよいという人もいます。
私も同様に思っている中の一人です。
他の市町村や同じ市内の違うブロックでも一回で集金し、区費と神社費とに分けるところもあるようです。
ようやく梅雨が明けました。
気象庁は「梅雨が明けたらしい」と発表していますが、役人らしい言い回しで、梅雨明け間近に雨が降ることを恐れているのでしょう。
蝉時雨 宮司の声と 重なりて
いつものように、榊を人数分だけ用意して、予定通り8時に開始しました。
終了後はいつものとおり境内の掃除をして、今後の予定のコンセンサスを合わせました。
8月から始められる神社費の納入票の作成をしました。
ひとりで550戸ほどの納入票を作成するのは大変なことで、結構な時間をかけました。
差し込み印刷というツールがなければできない芸当です。
今まではすべてのデータをワードで作成していたようですが、いずれにしてもボランティアとしてはかなりの労力です。
新メンバーになってから初めての月次祭を執り行いました。
新氏子総代の皆さんはすっかり慣れた様子で、それぞれの役割を以前からやっているかのようにこなしていました。
最大の難点は、榊が新芽を出し始めたばかりで、御幣を取り付けることが容易ではなかったことです。
■4月20日(日)境内の清掃奉仕
■4月27日(日)境内の清掃奉仕
新芽の時期なので掃いても掃いても落ち葉と花芽が境内を埋めます。
3月29日(土)から続いた春祭りの準備は良い天気が続いたおかげで、昨日までにおおかた済ませることができました。
春祭りのときは巫女さんが踊るときに使用する御幣を作り変えることになっていますが、同じものを作ることに毎回悪戦苦闘しているようです。
護幸庵の6畳の間に毎日12人ほどが集まり、障子紙を前に大と小の御幣を作り上げていきます。
隣では雅楽の練習が行われ、八幡荘では笛や太鼓の練習が行われています。
天気予報では曇りと予報されていましたが、お祭が終わるころまで良い天気が続いてくれました。
今年も榊係を仰せつかり、身の丈2メートルほどの榊神輿(みこし)を造りましたが、月次祭で使用する榊の形の良いものが手の届く範囲で少なくなってきたので、榊の木の上のほうを切る必要が出てきました。
いつものとおり7時に集合し、神社の裏山で榊を切り、榊に御幣をつけ、榊係としての準備はできました。
8時の開始までに境内の清掃を済ませ、宮司さんをお迎えして月次祭が執り行われました。
本日は午後5時から八幡荘で新旧氏子代表の顔合わせがあるということで、境内の清掃をして解散しました。
5名の氏子代表の方が2年の任期を終え、新しく氏子代表に選ばれた方が顔を揃えました。
今回は宮司さん、前区長と前副区長、さらに前氏子総代代表を来賓に迎えての、いわゆる送迎会です。
来月6日(日)は年間行事のメインイベントである春祭りが開催されます。
卒業される氏子総代は春祭りの準備が終わるまでが任期のようで、29日から始まる準備作業を一緒に進めます。
昨日から降り積もった雪景色の中、天神祭の準備が行われました。
春日社付近では近年にない大雪となりましたが、本日のお天気は上々の晴れで、雪は順調に融けました。
童謡の歌詞のとおり、山も野原も綿帽子をかぶり、境内の鹿なども綿帽子をかぶり、愛嬌のある姿を見せていました。
天神祭ということで、近所の子供たちもお参りに訪れ、参拝後は撤饌を配りました。
大雪の影響で、準備は少し簡単に済ませることができ、おかげさまで後片付けも順調に終えることができました。
来月は月次祭の後に次年度の氏子総代との顔合わせがあるそうで、氏子総代代表も変わり新年度からは新しい氏子総代と一緒にやることになります。
昨日から春日社に集められた正月飾りや人形を、宮司さんに御祓いをしていただき供養をしました。
6時30分にまず氏子総代全員が集合。
参拝者は7時に集合。
総勢35人がバスに乗り込み出発です。
愛知県神社庁半田支部の参拝は12日(土)と本日の2回に分かれて参拝するそうで、2日で30台がお伊勢さんに向かったそうです。寒風吹きすさぶ中を氏子総代は参拝者の接待が主な役目ということで参加しました。
伊勢神宮では、まず内宮を訪れ、正宮(しょうくう)で参拝をしました。
内宮は右側通行で順番に進み、正宮では上着を取らなくてはいけませんが、氏子総代は法被姿を許されているそうで、寒さを多少は凌ぐことができました。
参拝後はおかげ横丁を散策して集合時間を待ちますが、お土産を買う時間でもありました。
次に、外宮に回り、参拝前に記念写真を撮りました。昼食は二見が浦まで足を伸ばし、夫婦岩を見ることができました。
帰りに、椿大神社(正式名は、つばきおおかみやしろ)で参拝をし、予定通りに帰ることができました。
伊勢神宮参拝は2回目ですが、今回は氏子総代での参拝ということで心の中は観光とは違う態度で臨みました。
こんな機会は2度とないでしょうから、非常に貴重な時間をすごすことができました。
天気にも恵まれたことが何よりでした。
31日は42歳の厄年生まれのお払いを済ませ、一旦自宅に戻り、束の間の休息をしてスーツに着替え、法被を着てから10時半ごろからスタンバイ。
11時半ごろから初詣に来る参拝客が集まり始めました。
私の担当は境内の警備でしたが、お札の販売やおみくじに追われることはなさそうなので、下の境内で雑木を燃やしているところの警備を3人でしました。
かなりの木が集められていましたので全部燃やすことができるか心配でしたが、なんとか完了できました。
元旦は、来賓に始まり厄歳の御祓いそして還暦と喜寿のお祝いをして滞りなく終了しました。
多少風があるものの、穏やかな冬の日差しを浴びながら大祭が行われました。
まだまだ冬というには暖かな日が続いています。
氏子総代全員がスーツ姿に法被姿で準備を行いました。
本日は来賓が見えるのでいつもより準備に時間をかけます。
榊はいつもよりも倍以上の数を準備し、お神酒・紅白饅頭そして撤撰を袋に入れます。
神事は3つの祭りを行うということで、時間も40分ほどかかります。
終了後はいつものとおり境内の清掃です。
清掃後は回覧で注文を受けたお札を配るためにそれぞれの担当ごとに分けられました。
伊勢神宮(天照皇大神宮)・氏神(春日社)そして秋葉神社の3種類のお札を代金引換で渡す仕事が氏子総代の仕事のひとつです。
次に、伊勢神宮参拝参加者への案内と集金をする手筈を整えました。
最後に年末から元旦祭までの細かい日程を確認して解散しました。
今日は冬に入る前の小春日和の中、いつものとおり月次祭が執り行われました。
今晩から冬の寒さに入るそうですが、月次祭はおだやかな日差しが降り注いでいました。
終了後は、境内の掃除です。
掃いているそばから枯葉が落ちてくる季節ですが、一通りは全員で掃除をし、集めた枯葉は袋に入れて元旦祭のときに焚き火用にとっておきます。
掃除を終えて八幡荘で今後の予定を確認しました。
それによると、年末は元旦祭の準備で忙しくなりそうです。
御幣造りや境内の飾りつけなどです。
31日から元旦の午前中までは拘束されそうです。
正月はお伊勢さんのお参りが予定され、平日に行われますので計画的に会社の仕事をこなしていかなければなりません。また、伊勢神宮は式年遷宮が行われますので、氏子としては奉賛金を工面しなければならないようです。
いわゆる寄付金ですが、この件は各戸から集めなくてもすむように神社費と歴代氏子の代表と打ち合わせをしたようです。
ようやく秋らしくなった今日は朝から冷え込みましたが、いつものとおり歩いて神社に向かいました。
大体15分くらいで着きます。
7時に集合し、前日に氏子総代代表から依頼された12月に行われる新穀感謝祭にお招きする来賓に差し出すための封筒を作成して代表にお渡ししました。
拝殿の準備とお供え物、榊の作成そして境内の掃除をするものに分かれて準備に入ります。
私は裏の林の中の榊を切るお手伝いをし、八幡荘に戻って御幣を榊につけます。
そうこうしているうちに宮司さんがお見えになり、宮司さんが着替えをし終えたら全員で拝殿に入ります。
8時ちょうどに始まり、宮司さんが一通りの儀式を終えたら、われわれ氏子総代11名が榊を献じます。
お供え物は、お米・水・昆布・大根・にんじん・りんごそしてお神酒です。
榊を献じるときは宮司さんに手渡された榊を右回りに回転させて台の上に献じ、二礼二拍手一礼して戻ります。
約10分間の式の後、八幡荘に戻りお神酒をかわらけでいただいて終わります。終了後は境内全体の清掃をします。
帰りにお供え物を小分けしたものをいただき、家でありがたくいただきます。
秋雨前線の影響を受け、雨が強く降ったり、雲が切れて晴れ間が見えたりの中、例月どおり月次祭は執り行われました。
終了後、雨の合間を縫って境内の清掃をしました。
天気がよければ、草刈機による刈り取りをしたかったのですが、参道と階段の清掃をしました。
岐阜県多治見市の最高気温が日本の史上最高温度を記録した1週間でしたが、天気予報では今日あたりから気温が下がることになってはいましたが、そんな気配は見受けられない中、例月どおり月次祭は執り行われました。
終了後、予定通り境内の清掃をしました。
今回は雑草が生い茂っているご近所の迷惑になりそうな箇所を重点に機械で刈り取りました。
清掃後、8月の上旬に集めた神社費を副代表に渡して終了です。
台風4号が近づいてきているが、中止の連絡はないので予定通り午前7時に春日社に出向いた。
先月も大雨の中、開催されたのだがどなたか雨男がいらっしゃるのか。
接待係りが入れてくれたインスタントのモーニングコーヒーを飲んでからしばし歓談。
風雨はかなり弱まり、宮司さんも予定通りお見えになったので、それぞれの係りに分かれた準備に取り掛かる。
私は榊係りとして、神社の榊を人数分用意し、自分たちで作った御幣を付けて準備完了。
11人の氏子総代は本殿に着座して、宮司さんにお払いをしていただき榊を献上して無事に月次祭を終えることができました。
終了後、雨風も収まり晴れ間も見えてきたので神社の清掃に取り掛かる。清掃後お茶を飲みながら今後の予定について打ち合わせをした。伊勢神宮の式年遷宮の話題になり、割り当てられた寄付金をどのように集めるのか、または神社日から賄うのかなどを腹を割った意見を聞くことができた。
最後に、8月の本殿の開け閉めを私が担当することと、8月5日(日)に清掃をすることを決めて散会した。
6月26日(火)
護幸庵にて神社費の納付書作成
6月12日(火)
護幸庵にて神社費の納付書作成
天気予報は大雨・雷・洪水と3つの注意報が出され、この2〜3日の天気からもまず間違いなく予報が当たると確信ができるほどの朝からの大雨でした。
午前7時に集合はしたものの清掃ができる状態ではないのですが、それぞれの係が晴天時とは違う準備を始めました。
私は、合羽を着て榊を伐るために森の中へ入っていただいたお二人の助手として25人分の榊作りをしました。
案の定、来賓は少なかったのですがいつもどおり月次祭は始まりました。
農上り祭は田植えが終わった事を告げるお祭りのことで、この田植えが稲作の重要な位置であることを示すための行事のようです。
この田植えは、かつては、老人、子どもを問わず、一家総出で作業を行うものであり、他町村へ嫁いだ娘たちまでもが手助けに集まるほどの一大行事でした。
また、田植えは共同作業であることから、同時にムラ(集落)の大切な行事でもありました。
この田植えが無事に終わると、どのムラでも一斉に農作業を休む習慣があり、それが「農上り」です。
この日はムラの青年たちが、早朝に威勢よく大太鼓をたたき、農上りで今日が休みであることを知らせました。
その日は農作業を休み、小麦粉で作った農上り饅頭を作り、近隣や親せきに振る舞い、ささやかなごちそうで一時の休みを楽しみました。
パリ旅行のため欠席しました。
4月29日(日)昭和の日(今年から?!)
午前8時に集合し、簡単な打ち合わせをしてから全員で枯葉の清掃にかかりました。
ほとんどの枯葉が樫類で、古い芽も多数あります。
世間話をしながら上から下へ熊手や竹箒で掃いていき、集めた枯葉は森の中に捨てて堆肥の材料にします。
一通り終えたところで、境内に生えている雑草を手で取り除きました。
これで約2時間が経過し、八幡荘に戻りお茶を飲みながら(ビールを飲みながら)お菓子を食べながらこれからの予定を詰めていきました。
朝夕の春日社の開け閉めを月極めの当番制でやることになり、8月を希望しました。
サラリーマンは大変だから免除してあげるとの話も出たが、出張を避けることができてお盆休みもある8月を希望しまし。
だが、開けた後に雨が降り出したときの対応が決まらないため次回の打ち合わせまで待つことにした。
天気予報どおり気温が上がり、汗ばむほどだったのでいただいた手拭を持ってくるべきだと悔やんだが後の祭りでした。
お白洲の中の枯葉はきれいに取り除くのが無理なので、お互いの美的センスの範囲内ということにて清掃奉仕が終わりました。
3月25日(日)
午後事務連絡会があり、今後1年間の予定が決まりました。
基本的には毎月第3日曜日が月次(つきなみ)祭、4月の春祭りが第1日曜日、正月元旦以外は基本通りのようです。
あとは、季節に応じて清掃奉仕があり、神社祭り等がありますが必ず参加しなければならないということではないようなので多少気が休まります。
3月28日(水)から3月30日(金)
午後7時集合で御幣切りに取りかかりました。まずは祭礼の時にたくさん必要になる小さいサイズの御幣を8人ほどで作りました。障子紙を8センチ角に切って、それに3カ所から切れ目を入れ、折り目を付けて完成です。
30日に踊りで使う大きめの御幣を作りますが、厚手の上質の障子紙を使うのでなかなか作るのに手間取りながらなんとか10本を完成させましたが、初老の人たちがお菓子をつまみながらお茶を飲みながら「折り紙」をおるのはほほえましくもあります。
心配されたお天気も予報通りに朝にはあがり、暑いくらいの春の日差しを浴びながら春祭りが始まりました。境内では若いボランティアによる和太鼓の演技が始まるとぞくぞくとご近所の人が集まり始め、祭壇での式典が終わる頃には境内は人で埋まっていたようです。
式典が終わり、来賓の方の合図で42歳の厄歳によるもち投げが始まり、歓声が聞こえてきますが我々には来賓の方の接待があるので餅投げの様子は見ることができません。
無事に?1等の32インチ薄型テレビが当たり、餅投げが終わったようです。
境内に飾り付けた提灯や榊、本殿の幕と大提灯などを取り外し、境内の清掃を終え、今日で任期の切れる先輩氏子を見送って帰途につきました。
妻に、氏子総代に選ばれたから、2年間がんばってと言われ、本日初めての氏子総代会に出席しました。
自宅から15分程度歩いたところにある春日社は、毎年初詣に行くから場所はわかっているが、打ち合わせが行われる八幡荘の中へは初めて入った。
中には、すでに10名あまりの方が座っていて、あいているところに座りました。見たところほとんど全員の方が私より年配のようで、お顔も見かけたことがない方ばかりでした。
やがて打ち合わせが始まり、新任の自己紹介をしませ、2年間つとめ終えた代表の方があらましを紹介してくださったが、これから2年間の活動はかなり時間がとられそうな概略でした。今日は、新しい代表の方が急用ができ欠席されたので、次回の事務連絡会で新代表が説明されることになったが、4月1日に行われるお祭りに向けての準備のために何回か集まる必要があるようです。
代表の方が春日社の中を案内してくださりいろいろと説明してくださいました。神殿の中には勾玉と剣が祀られており、代表の方はほとんど毎日7時に春日社を開け、閉めていたそうです。春日社の右手には秋葉山、その奥には天満宮があり、左手に打ち合わせを行った八幡荘があります。
そして、二礼、二拍手、一礼の仕方、玉串の奉納の仕方を教わり、昼食をとり解散となりました。